こんにちは、
よしおです。
僕は、大学を卒業して最初に入社した会社に、結局定年の60歳までいました。
しかもご丁寧にプラス2年間、再雇用の契約社員で働きました。
在職中、多くの後輩たちが会社を辞めて行きました。
妻は、大手の自動車メーカーに勤めていて、一般職の女性でも定年までいるのが普通の会社だったので、そんな僕が勤めている会社の状況を見て、おかしいよ、とよく言っていました。
もしかして、おかしな会社だったのかもしれません。
実際、会社を辞めて1年経ちましたが、本当に辞めて良かったと思います。
少なくても所属していた業界や会社には、全く未練はありません
会社辞めました 生きていれば
会社勤めを37年半やってきて一番感謝していることは、丈夫に生んでくれた両親にです。
特に40代半ばから50代半ばの約10年間は、残業、休日出勤を厭わないで働きまくりました。
ただ、これは会社から強制されてやったわけではなく、僕の責任感からのもので、ここでもし過労死していても会社は、どう対応したのでしょうか?
そのなの知らないよ、と他人ごとのように言ったのでしょうか。
しかも、なんであそこまで働きづめだったのか、いま思い返しても異常だったと思います。
会社は、残業しろ、休日出勤しろとはいいません。でも、予算設定をされた数字がそこまで追い込んだのです。
僕は、入社してから約20年間は、卸部門に在籍していました。
勤めていた会社は、ジュエリー業界の企業でしたが、僕が所属していた部署は、ジュエリーメーカーなどにジュエリーの素材であるダイヤモンドを輸入して卸す仕事でした。
仕事自体は、面白い仕事でしたが、ビジネスとしては、利益が出し辛いもので、多くの同業者は、いなくなってしまいました。
現在、僕がいた会社でもその業務はなくなっています。
そういう衰退している仕事だったので、僕は、45歳の時に新設の部署に責任者として異動になったのです。
簡単に言うと、いままでの卸業から小売業に変わりました。
小売業は、顧客管理も細かくなり、しかも土日もなくなったので、それまでの土日休みから月2、3回休めればいいという状況になりました。
子供たちもまだ幼く、業績を伸ばして稼がなくてはならくない状況でした。
いま思い返してもよく生き延びたな、と思います。
それで丈夫に生んでくれた両親に感謝というわけです。
生きていれば、またチャンスはやって来ると信じていました。
会社辞めました 良かったこと
会社を辞めて良かったことは、3つです。
1、理不尽な業務指示が無くなった
2、満員電車での通勤がなくなった
3、スーツを着なくて良くなった
会社勤めをするサラリーマンなら、誰でも経験があると思いますが、会社や上司の都合による理不尽な業務指示の多さです。
例えば、売り上げ目標ひとつ決めるにしても、必ず前年よりアップです。
拡大による増収しか考えがないのか、と思いますが、昭和の行動成長期を経験し、それで会社を大きくしてきたオーナーの考えは絶対でした。またそれを継ぐ後継者もしかりです。
現在、アルバイトで大手量販店で働いていますが、そういう重圧はなくなったので、気楽に働いています。
また、個人事業主の仕事は、特に仕入れが発生するものでもないので、楽しんでやっています。
もしこれで実績が上がらなくても、バイトで年金でなんとかやっていけると思っています。
次に満員電車による通勤がなくなったことです。
毎日通勤で3時間を要していました。通勤で疲れたという感じはあまりありませんでしたが、通勤時間に本を読んだり、ラジコを聴いたりしていましたが、時間的にはかなり無駄が多かったと思います。
また、よく風邪ももらいました。
僕は、丈夫な方で風邪で休むということはありませんでしたが、気管支が弱い方だったので、よく咳が続いたりしました。
しかし、会社を辞めてからは全くなくなったのです。
そして、最後のスーツを着なくてすむようになったのも大きいです。
あんな堅苦しいスーツとネクタイを37年間も毎日来ていたのかと思うとぞっとします。
こちらの開放感も大きかったですね。
最後に
定年後の再雇用の時期、このまま65歳まで働いてもいいかな、とちょっと思ったこともあります。
それは仕事自体は嫌ではなかったからです。
でも、ある時、今わの際にどう思うだろうかと想像してみました。
1、65歳まで会社勤めした。40年間もサラリーマン生活が出来て幸せだった。
2、61歳で会社を辞めて個人事業主になった。大変だったけど充実していた。
さて、自分はどっちだろうと考えた時、2を選んだのです。
1はありえません。
やはり、自由を手に入れたいのです。
大変だけど自分のしたいことをやる。いや、自分がしたいことだから大変なことでも出来る。
そう思って、37年半勤めた会社を辞めました。
コメント